ジャズ知らずのジャズ語り第10回 「天才はどこにいる?」|WOWOW動画 【旧:W流】
ジャズ知らずのジャズ語り第10回
「天才はどこにいる?」
  • 音楽

天才は人口の5%しかいない

ジャズ知らずのジャズ語り第10回
「天才はどこにいる?」

天才は人口0.5%しかいない。その天才の中でも群を抜くIQ230の学者もいるらしい。有無も言わせぬ超天才だ。数値で示されたら、気持ちよく同意できる。が、天才だの、名曲だの、いくらなんでも使いすぎじゃないかって気がしなくもないけど…。たとえばイチロー。自分は天才ではないと言う。なのに、まわりは天才と言い張る。天才って何者?どこにいるの?

名曲と天才は似ている。なぜなら、どちらもこれといった認定基準がない。ということは、そうでないと否定する根拠もないに等しい。なので、言った者勝ち。おかげで名曲は路傍の石となり、その石を投げりゃ天才にあたる世の中だ。

昨年発表された、米教育情報サイトの調査によると、存命中の人で最高IQは230。現在38歳の数学者テレンス・タオだった。一説によると、東大生の平均IQが120、最高でも150あたりらしいのでまさに天才の値といえるだろう。

「IQ140以上(天才)は人口全体の0.5%しかいない」ので、これを日本サッカーにあてはめてみる。日本の人口が1億2000万人。一方、JFA登録サッカー選手は約90万人(2011年3月現在)。ただし、この90万人にはシニアや女子、あるいは子供も含まれている。第1種(いわゆるJリーガー)に限定すると、その約18%だから、天才は6人。それでもサッカーA代表レギュラーの半分は天才ってことになるわけで、スポーツマスコミが「天才」を連発しても、眉をしかめる問題ではなさそうだ。

むしろ「石を投げりゃ天才にあたる世の中」なんて書くほうが問題かもしれない。だから、ぼくは悔い改めなければならない。なにを?たいていは小さな枠しか与えられない新譜紹介の原稿中、名曲だの、名作だのと書く同業者(ライター)を苦々しく思ってたひとりよがりをだ。こういう連中は「言葉で表現できない」「オーラがある」なんてフレーズも安易に使うんだよなと、見下してた身勝手さをだ。○| ̄|_かつて輝いていた「天才」や「名曲」という言葉が手垢で汚されてしまった今、何か別の、新鮮な、読者の目に止まる表現で書こうとしていた試行錯誤なんてまったくの徒労だったと、認めなきゃいけない。

しかし、頑固者なのか、独善者なのか、気分は「スーダラ節」だ。わかっちゃいるけどやめられねぇ。天才と名曲への憧れを止めようがない。神通力を放っていて欲しい。息を飲む存在でいてもらいたい。敬意を払いたい。その二文字を書くときは、それ相応の覚悟を持っていたい。だから、ここでも「上原ひろみは天才だ」とは書かないし、書けない。そこまで彼女の音楽や演奏を知らないから。しかし、気になる存在だ。

約30年間、音楽を中心にライター業をやってきたが、有無も言わせぬ天才を、ぼくは知らない。ただし、もしかしたら天才とはこういうものかもしれないと思ったことならある。たとえば矢野顕子。彼女の音楽が放つ独特の響き、それを「オーラ」と書こうとして何度手を止めたことか。書けば楽だが、そんなありきたりの表現は彼女の音楽を汚してしまいそうだった。その矢野顕子と共演する上原ひろみを見た。そのとき、もかしたらと息を飲んだ。

ところで、天才の反対は…。やはり凡才だろうか。でも、職人でもいいんじゃないか。凡才は常識を持て余し、職人は常識を守り、天才は常識を破る。さて、上原ひろみはどれだろうか。

文●藤井徹貫

2013.08.09

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