『W味』1皿目「卵嫌いが伝染しそうな、目玉焼きの灰皿」 ~ヒッチコック特集 『泥棒成金』より|WOWOW動画 【旧:W流】
『W味』1皿目「卵嫌いが伝染しそうな、目玉焼きの灰皿」
~ヒッチコック特集 『泥棒成金』より
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名監督の愉快な小ワザとは?

『W味』1皿目「卵嫌いが伝染しそうな、目玉焼きの灰皿」
~ヒッチコック特集 『泥棒成金』より

NYは5番街のティファニーでクロワッサンとコーヒーを飲む『ティファニーで朝食を』。既婚者同士が向き合って、せつない思いを料理にぶつける『花様年華』。コーヒーと煙草だけ。コーヒーの苦みが心に沁みてくる『コーヒー&シガレッツ』。映画の中に潜む、豊かで人生のスパイスが利いた味わいを紹介する『W味』。1皿目はヒッチコックの『泥棒成金』他をご賞味あれ。

動物は食べて食物からエネルギーを補充しなければ生きてはいけない。生まれてから死ぬまで、人間は食べ続けて生きている。つまり食べることは生きることに等しい。だから人生を2時間ほどで切り取ったドラマには、食事のシーンは実に多く登場する。それは例えば、早朝のNY。人通りのない5番街で、夜会帰りのドレスアップ姿で宝石を見ながらクロワッサンとコーヒーの朝食を取る女性がいる。それは自由気ままで、かつセレブで、小洒落た女性であることを見るものに印象付ける。また向き合って無言でひたすら食事をしまくる東洋人の男女がいる。一心に中華料理を食べて、洋食を食べて、食べて食べまくる。おいしそうに笑って歓談しながら食べるというのではなく、この男女が抱えている欲求不満を食べることで解消しているようにも見えてくる。様々な料理を食べるシーンが続くと、観る者に「はこの2人には何かアヤシイ事情がありそうだ」と感じさせることが可能だろう。このようにして食事のシーンには、監督やシナリオライターなどが、何らかの重要な意図を仕込むことが多い。食事シーンには登場人物を一瞬で理解させたり、親子のつながりを示したり、恋人同士が(既婚者同士が)相手の感情を探る場面が、そこに潜んでいたりするのだ。
そんな『W流』の世界で紹介される多くの映画や映像、ドラマの中の味覚にこだわって紹介する『W味』。一皿目はサスペンスの神様アルフレッド・ヒッチコック特集から『泥棒成金』。
アンソニー・ホプキンスらが出演した『ヒッチコック』の映画化直前に4作品が放送される。ヒッチコック監督と言えば『サイコ』や『鳥』が有名のサスペンスの帝王ということは、少し昔の映画ファンなら知っている人は多いだろう。肉や魚などの食料品を商う家に生まれた彼は、美食家に育ち、ドーバー産の舌平目やカリフォルニア産の珍しいキノコを空輸で取り寄せる「元祖お取り寄せ」派でもあった。そんな彼の映画には、料理や食べ物がサスペンスを際立たせる小道具的としてよく使われている。

いかに心理にぐっと迫り来るサスペンスを作るか。そのために映画のあちこちに巧妙なトリックが仕掛けられているのはヒッチコック映画の醍醐味である。食べ物では『フレンジー』では死体を袋に押し込む時にはみ出た指を切った場面が映し出され、その後に、女がフィンガービスケットをポキポキ折って食べるシーンを入れた。このいかにもサブリミナル的な使い方は、観る者の背筋をぞくっとさせて、あたかもその場にいるような錯覚からサスペンスの世界に引きずりこむのだ。また『断崖』の毒入りミルク(?)のように、毒が入っていると妄想する一方で、ミルクの白色がその潔白を象徴しているようにも見え、混乱することで、観る者に一層の不安を掻きたてるようでもある。

さて、ヒッチコックの嫌いなものは意外にも卵である。食卓の食材を彼がどんなに嫌っていたかは、映画の中での扱い方に如実に表われている。『泥棒成金』の中でグレース・ケリーの母親役の女優が、吸っていたタバコを目玉焼きで消すシーンがある。タバコを卵に押し付けてはぐいぐいと火を消す行為を見て、これほどまでに嫌っているのかと、ヒッチコックの卵への嫌悪感がひしひしと伝わってきてたまらない。うつりそうなのだ、卵嫌いが。でも自作の映画には必ずどこかに映っている彼の姿と共に、見逃さないでほしい1シーンでもある。

『泥棒成金』は高級リゾート地のモナコを舞台に、華々しく引退した泥棒が自分のマネをしている偽物の正体を突き止めるサスペンス。グレース・ケリーとのロマンスもあり、観た後に気分が浮き立つようなところがいい。ただし、ヒッチコックの卵嫌いがうつらないよう、ご用心!

文●明野春

2014.04.01

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